2020年9月27日日曜日

恩を仇で返してみる。

さてさて、8月末に入院、先週退院した。

知らぬ間に左膝の半月版が割れていたらしく、その縫合。

ここ数年、月イチくらいで「なんか膝痛え」ってなってたのはこれだったのかもしれない。

ついでに右膝も診てもらって、こちらは滑膜ひだ傷害ってやつだったらしい。


入院期間、有り難いことに複数の方々がお見舞いに来てくれた。

娑婆の話を聞かせてもらえるだけでありがたいのに、何人かには手土産までいただいた。

重ねて有り難い。

そこで今回は北大柔道部の後輩達からいただいた手土産をネタにしてみる。

有り難いことに、彼ら彼女らの手土産は、単に有難いだけでなく色々と考えさせられることがあった。

しかし彼ら彼女らの名誉のため、名前は伏せておく。



その1、焼き芋。

保存効かなさそうなやつ、しかも4つ。

通常なら「まあ一緒に食べるか」となるのかもしれんが、COVID-19の影響で面会中は飲食厳禁。

大して動いてない身には、ちょっと食い極の気があった。

ちょっと気を遣ってくれたのか、芋が甘みの強いねっとり系だったので、完全に裏目。

胃の腑にガツンと落ちてきた。

現役時代に行った雪印パーラーを思い出した。

「北大は意味わからんことをやるから、根拠のない自信がついてそれが強いんだ」って言って連行してったのは東北の品川さんだったっけ、あの時は中岡が終盤でろでろのスポンジ押し付けてきたなあ。


その2、プリン。

良かった至って普通だった。

しかもちょっと良いやつ。

間に合わせで買ったようなコンビニの一番安いやつでも全然構わない僕としては、むしろ恐縮してしまう。

いやー学生にこんなちょい高めの買わせて申し訳ねえなあ、と。


その3、ミミガー。

これはやばい。

何がやばいかというと、後輩の僕に対するイメージの問題。

「森本は酒飲みだからツマミ買っときゃいいだろ」って思われてるんではなかろうか。

現役が成長してくれるのなら、僕が指導者として尊敬されなくても別に構わない。

けど「どうしようもない人だなあ」と思われるのは、こう、「ぐぬぬ」って気分になる。


その4、エ■本。

まあ一種のお約束ではあるのかもしれんけど。

ウケ狙いなのかそうでないか判別し難いジャンルのものを持ってくるんじゃないっ。

しかも七帝1まわりくらい下の後輩からって、これも僕のイメージどうなってんだろ?

「森本ならこれ持ってけば喜ぶか、面白いことに仕立ててくれるだろ」ってか?

困惑したし、面白エピソードなんて夢のまた夢だよ。

伊達に学生時代から「つまらん」とか、未だに職場の上司に「ギャクセンスねーな」と言われているわけではない。

彼の僕に対する認識やら期待感やらは、だいぶずれているらしい。


その5、使い捨て蒸気アイマスク。

スマホの視聴時間が長くなってたところで、これは有能。

しかし、事前に「何か欲しいものありますか?」との問いがあったことは事実。

僕の返しは、「■ロ本だけはまじで要らねえ」。

ちなみにこれに対する返事は「マジすか、じゃあ部室に置いておきますね」であった、何を?とは聞かなかった。

そうやって部室にゴミが増えていくんだろうなあ。

ゴミはすぐに捨てないと。


その6、ごはん。

サトウのごはん。

まあ、病院食は少ないし味も薄いし、ってイメージあるしね。

実際はご飯大盛にしてもらえたし味付けもまあまあ美味しかったのだけれど。

しかし、もし電子レンジが無かったらどうしてたんだろうか?

加熱してないレトルトパックごはんはいまだに食べた事ないけど。

まあ災害時じゃないんだから、わざわざそんなことしなくともいいだろう。


以上、どうやら僕は部内での自己イメージ改善に努めねばならなさそうだ。

改善点は、えーと、うん、いっぱいですな。



おわり。

2020年9月13日日曜日

降り方

安部首相の辞意表明に感化されて、ちょくちょく考えている。

引き継ぎ、である。

北大柔道部が最も苦手としており、改善の余地しかない分野のひとつだと、僕は思っている。

とにかく、柔道以外の雑務の不手際が多い。

しかも、毎年似たような失敗をやらかす。

「勝ちに不思議の勝ちあり、敗けに不思議の敗けなし」だったか、そんな諺があったはず。

代々伝えられていたらしい「主務ノート」は僕の引退前後あたりの代で消え失せ、僕が新たにこさえた「主将ノート」「会計のお仕事」も確か3年と保たなかった。


交替時期の決まっている我々でこの杜撰さならば、不定期かつ大規模大人数の国政の引き継ぎにはどこまで困難が積み重なるのだろうか。

現状維持バイアスが働く中で法治国家として改革をしていくとなると、犠牲者も陰日向に出るだろう。

犠牲者は、或いは当の自分自身になるのかもしれない。

安部首相の前回は体調不良は、その一例と言えなくもないのではなかろうか。

さながら絞め落とされて意識が戻りきらぬうちに交替したようなものだろう。

その点、今回は何とか分けきっての交替のように感じる。

無理に勝ちを重ねて、しかし最後には取られて流れを渡してしまうよりかは、全くマシな判断だろう。

七帝戦と違って政には勝つべき相手や終わりというのが無いから、少しずつでもマシな方に進めば、全体としての最悪は回避できるはず。



誰がトップに立とうが問題は起こるし、周りは理解よりも拒絶、反対、無視を選びがちだ。

賛成するにしてもただの盲信で、潮目が変われば「そんなこと聞いてない」って具合だろう。

しかし願わくば、それらの意見や行動は、前に進むためのものであってほしい。

進むのは誰か?

私ひとりよりも、我々、の方がよろしかろう。

そして我々のうちにどこまで含めるのかが、その人個人の器であろうし、社会の寛容さではなかろうか。



ちなみに、僕の器は大きくない。

いや大きくない、というのは些か自己愛が激しいので正直に言おう、小さい。

ま、小さいなりの使い途もあるだろってことで、隙間産業を探す日々である。


えーと、何の話だっけ?

そうだ、雑務を思い出して役職ごとに振り分けて、失敗談を付け加えて、、、。

いや無理、現役にやってもらおう。

あーー、でないと僕の記憶が現在に通じるか分からんからな、うん、情報は新しくあるべきだし、指導陣があれこれ世話し過ぎても「学生柔道」じゃないし、エトセトラエトセトラ。



おわり。

2020年9月1日火曜日

背中づくりの記録

現役ではなく、僕個人の記録である。

読者諸兄には大変申し訳ない。


さて、COVID-19禍にて北大柔道部の活動が休止されてから暫く経って、5月前後くらいのときだったか。

職場で懸垂スポットを発見した。

勿論、使用活用にあたっては細心の注意を払った。

うちの職場はトレーニング施設でもないし、業務とは関係のない極個人的な運動なので。

安全第一、周囲への気配り、使用後の整理など、上司からの禁止令が出ぬように懸命の努力が必要だった。


お蔭で、毎出勤日懸垂できる環境、周囲の理解(半分諦め?)が得られた。


その記録として、5月頭と7月頭に写真を撮ったので、ここに挙げておく。

5/9の背中

7/2の背中

懸垂の内容としては以下のとおり。

昼休みに順手、終業後逆手で、回数は50回ずつを基準に、動きは色々思いつきにて。

10回でセットを組んだり、反動有りで30回ほど連続でやってみたり、ストリートワークアウトの動きに挑戦してみたり。


身体の変化としては、背中が広がったのがまずひとつ。

ただし、開始からひと月くらいが増大のピークで、以後はあまりでかくなった気はしていないように感じている。


並べてみた。
背筋がついた(と個人的には思っている)オレンジ部分。
赤部分は年明けに怪我した右肩で、落ち込みが改善したみたい。




もうひとつの変化としては、手にタコができたこと。

このタコがうまいこと棒に掛かって、動作の際に握力が要らなくなるという効果もあった。

ただ、「いや握力も必要じゃね?」との思いから、しばしばタコをナイフで削いでリセットしてみたりもした。


今後はストリートワークアウトの動きを充実させていきたい。

あとは、人生においてシックスパックになった経験がないこと、脚(特に脹ら脛)が細いことがコンプレックスなので、そこをのんびり改善できたらいいなぁと。


まあ第一目標は、現役に勝てなくても良いので、負けない程度の実力を磨くことなんだけど。



おわり。