2018年11月30日金曜日

交通手段

近頃は寒い。
師走を前にして冬もちょっと本気を出してきたようで、雪も積もるようになってきた。
積もった雪が根雪になるかと問われれば、もうしばらくは無いかもしれん、というところか。
しかし、積雪とそれに伴う路面凍結によって、そろそろチャリも漕ぎ納めが近付いてきた。


そういうわけで、先週から路面が危険そうなときは、通勤は徒歩にしている。
大体30分と少しくらいだろうか。
これを同僚の方々に言うと、口々に「いや列車乗れよ」とか「車買えよ」とか返される。
個人的にはどちらもかなり苦痛なのだけど、もしかして僕がマイノリティなのだろうか。
考え無しとか、伊達や酔狂でそうやっているわけではないのだが。

列車通勤について。
まず朝の通勤時に、すし詰めにされるのが嫌だ。
座って優雅に読書でも出来れば違うのだが、1駅分しかなく、しかも大き目な体で他人様の迷惑にもなる、というのが苦痛だ。
しかもその試練を乗り越えても結局、駅までと駅から徒歩になって、合計通勤時間は20分くらいとの試算。
雪やら何やらの障害でJRが遅延することもまあまあありそうなので、「じゃあ最初っから歩くわ!」となる。
え?僕何か間違ってます?

自動車通勤について。
通勤以外での必要性を感じない、以上。
「買い物にも便利だし」「遠出できるし」「お前彼女とデートするときどうすんの?」とか言われるわけだが、、、。
札幌駅近に住んでてインドア派で以下略の野郎からすれば、豚に真珠、馬の耳に念仏も良いところである。
大体、車なんて買ったら維持費もかかるし、そのうち「せっかく車もあるし」とか言って使い途探し出すのが目に見えてるからホント嫌だ、信念なんてすぐに曲がってしまいがちな僕を舐めないでほしい。
タバコとギャンブルはやらなくても許されるのに、何でクルマとか保険は駄目なのか、ちょっと教えてほしい。
いややっぱ無しで、説き伏せられたら買わざるを得なくなっちゃう。


そんなわけで今年の冬は徒歩メインでいくことにするつもりなのだが、デメリットももちろんある。
道場に行くまでに時間がかかる、つまりは練習に参加できる頻度が減るということである。
職場からJR、札幌で地下鉄に乗り換えて北18条駅から徒歩で道場、となっても最短で30分弱くらいか。
ウチの職場の最寄駅は、普通列車しか止まらないので、退勤時刻によっては道場に着いたら19時前、って日々を過ごす羽目になりかねない。
去年は職場からの帰り路途中に道場があったけど、今は職場挟んで反対方向だしなあ。
そんな悩みを抱えている今日この頃。


スーパーでは白菜が安くなってきていて嬉しい。
炬燵に鍋にみかんが最強、一生籠もっていたい。
でも上記のどれも今の住処には無い、試練の時である。


おわり。

対症療法 20181129

知識は道標である、と思っている。
何かしらの目標、例えば七帝柔道で分け切る、といった際に取り得る行動の効率化に役立つ。
具体的行動として、立技・寝技、更に細かくすると組手争い・足捌き体捌き・正対上下・亀とか、まあ色々ある。
更に細かく、更に更にとなっていくと、つまりは無数の選択肢から「この状態に持ち込めば割と安泰」ってのを判別するための基準になるのが知識だと、そう思っている。

練習後に、1年目の近藤と町田と、引込とそこに至る過程について議論していたが、明確に答えは出ないもので。
ヒントは多くあって、彼らよりも知識と経験を持っている僕が担うべき役割として、それらを提供することはある種当然のことかと思う。
でも、ゴール地点を定めるのも、そこに向かうのも彼ら自身だ。
ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられん。
あ、そういえばまだ映画観てないや、1はTVの焼き増しとか繰り返しが多かったような気がして、「俺はいったい何を観たんだろう」って気分になったから、2もちょっと怖いんだが。


目標達成には知識が必要だけど、それをどれだけ提供するのかも結構難しい。
ねだるだけでもらったものは、人間それを大事にしないってのはままあることだ。
翻って僕自身の職場でも、それと似たような問題はあるけれど。
まあ仕事に仕事以上の価値を見出せていない僕が言うのも何なのか。
あんまり言うと社内情報の漏洩にもなりかねんから、この辺で止めておこう。


先日小菅先輩から、「今の企業は社員も管理職も経営者もみんなサラリーマンだからなあ」という風な内容の話を聞かせていただいたけれど、うーんまさにその通り。
北大柔道部も、現役はそんな感じなのだろうか。
僕が現役の時は、、、どうだったっけ?もしかするとあんまり変わらないのかもしれない。
まあでも、「目標達成に○○やったら良さそう/□□しなければ効率化できそう」ってのはどんどんやってって良いんじゃないかな。
「目標ってなんでしたっけ」「目的も特にないんだけど」ってなると、それはまた別の話し合いをしないといけなくなるわけだが。
一時期よりかは、多少は進んでいる気はするから、きっと悪くはない、とは思う。
だからって、手放しで「イイネ!」ってのは僕は言えない性質だけど、でも手伝いなら出来る範囲でするつもり。


おわり。

2018年11月28日水曜日

故あってサボってました

前回から10日間ほど間が空いてしまった。
「もしかして仕事が忙しくて」とか「ついに柔道部を卒業して真人間に」とか邪推した方々には申し訳ない、先週も2,3回は道場に顔を出していた(多分)。
まあでも色々と思うところもあったわけで、結果自分の妙な心理状態を使って実験していたので、更新もしないままになった、とそういうわけである、多分、いやきっとそう。


練習の内容はどんなだっけ。
確か、横巴の追加講習をやった気がする。
崩しも作りも掛けも難しいからなあ。

崩し。
横または後ろ隅への崩しは出来ていても、背負のイメージで引き上げていたり、払腰とか内股みたいに釣手の肩甲骨を寄せたりしていた。
『ロシアンパワー養成法』に載ってた崩しのイメージが近い気はするが、まあイメージなので。

作り。
今の北大で教えられている横巴だと、自分で動いて空間を空けるものになる。
空いたところに跳び込んで、若しくは落ちて、はたまた抜いて掛けに転じる。
この空間の取り方が、なんだか広すぎる気がした。

掛け。
真巴のイメージ、若しくは引込のイメージでやっている部員が多かった。
背中か腰の全面がつくように身を捨てたり、身を捨てきった瞬間と足裏を相手の腰に当てるタイミングがかなりずれていたり。
そうすると、横に崩して作った相手を後ろに投げねばならなくなって、合理性が著しく落ちる。
僕は相手の重心直下、崩した方の足元に自分の頭を置くイメージでやっていた。

まあ僕の横巴も、最終的には投げ2割、寝技への移行3割、立技からの緊急避難5割、ってところだったので、そこまであてにできるとは限らんが。


練習後の部室での話。
今の話と昔話。
「いやー俺も幹部の時はツラいこともあったしなぁ」
って言ったら本田に返された言葉が、
「いやいやあなたには『ツラい』って感情はなかったでしょ(笑)」
、、、断言してんじゃねーよふざけんな!
まったく敬意の無い奴め、直属の先輩の教育がなってないんではなかろうか。
どなたか!あの不埒な後輩に制裁をお願いします!


あ、週末の新人戦では審判やってきた。
国際ルールで慣れないところで、ミスもちょいちょい出て僕の試合にあたった学生さん方にはちょっと申し訳ない。
フォローしてくださった先生方には感謝しています、これは本当ですよ。
なんなら学生さん方には、「あんな奴でもできんのか」とか思ってもらって、僕より若い人がどんどんやってくれるようになってほしい。

北大生への感想としては、まず欠場が多すぎ。
理由はいろいろでしょうがないのかもだけど、参加費2,000円/人だっけ?
たしか欠場が8人だから、16,000円が無駄に、加えて移動のバス代とか、試合に掛けた時間とか考えると、うーーん。
その辺も踏まえて、それでも全体として得るものは大きかったのか?
休むのは個人の行動だけど、その責任って当人だけのものなのか?、とも思う。
自分のことについて責任感を持つのは良いことだと思うし、人としてきっと必要な要素だ。
でも、それを他人の全てに当て嵌めて、「だから俺はアイツの責任は取らない」ってなってるんだとしたら、ちょっと哀しいかな。


そんなことを言ってみたわけだけど、僕も大したことは出来ていない。
それに試合後札幌に戻る途中で、ひと悶着やらかしたしなあ、いやビビった。
これは北大柔道部とは関係のない話なので、ここでは語らないけど。
まあでも無事(?)に済んで本当に良かった、世の中は善意で回っている。
「誰かを助けるのに理由がいるかい?」って言えるくらいになれたら良いなあ。
そしたらカワイコちゃんを攫って世界を駆け巡ったり、なんならもう一つの世界に行ったりもできんのかねぇ。
いやでも尻尾生えたり、覚醒したらピンク色になったり、銀髪ナルシストヒステリック兄貴がいたりするのか、それはちょっと勘弁。


おわり。

2018年11月17日土曜日

力を抜く 20181115 20181116

さーて、今週の技研は。
横巴、腕緘4番、頭付き、重藤ワールド、湯本返しの5本仕立て。
普段あまりしないような動きの技が多く、レベルは高めな気がする。

全体講習は木曜日で、僕は運良くその場に居合わすことが出来たし、そのおかげで昨日は木曜に実習で技研に参加できなかった2年目の佐久間に教える役目を果たすことが出来た。
というのも、教える人や時期によって技の外見は結構変わる。
北大柔道部の基準たる仙人佐々木コーチの技も、実は年によって少しずつ変わっている。
横巴なんかが分かり易い例で、僕が最初に習った当時は3ステップだったのが、今は4ステップになっている。
手順を1つ増やすことで、難易度を下げている。
つまりは部員全体の技の理解度を底上げして、個人の技術の幅を広げやすくしているということである。
ちなみに、その増やした手順については、笹谷コーチから提供されたもので、確か去年だったか、それを目にした佐々木さんがいたく感激していた様子を憶えている。

横巴は僕自身も現役時代にかなりお世話になった技で、主に国際ルールでの寝技への移行に使っていた。
膝を抜いて相手の重心近くに落ちることで、相手の視界から一瞬消えることができるし、投げられずとも崩しやすくもある。
膝を抜けるようになるまで大変だけれど、元来脱力系の僕としてはなかなか性に合ったようだった。
4年目の頃なんかは、試合開始後は両襟を掴めば巴、組み負けたところからの横巴、寝技に入れば少なくとも負ける気はしなかったので、国際ルールでもあまり気負わずに試合ができていた気がする。


そういえば、技研のときに頭付きの例として引退したての小島が前で解説にあてられたのだが、実に脳筋らしい解説だった。
人にモノを伝えるというのは本当に難しい、受け取る側しかやってない頃は、伝え手の批評なんて気軽にやっていたが、いざそちらに立つと途端に何も出てこなくて焦る。
僕の1つ上の代の鈴木さんや、下だと本田や小山はそういうのが巧かったような気がする。
僕自身は、最近は多少マシになってきたけど、実生活全体では全然活かしきれていないので、きっと人生の課題の一つ。

僕の感覚では、技研で教えられる技全体について、1年目は「こんなのあったなあ」、2年目は「たしかこう、、、やってこう、、、」、幹部は「ああ、だいたいこう、で、詳しいことはアイツが上手いから聞こう」くらいを最低限できているのが目標だと思っていたし、今も思っている。
こと寝技においては、体格や山勘でカバーできる領域は立技より狭い。
だから、僕が2年目の時は、技研で技の掛け方を教わっているときに、同時に逃げ方を想像するようにしていた。
結局、僕は亀と足抜き下でそれなり以上には守れるタイプだったから、あんまり使えるようにはなってないけど。


練習後は現役に混じって筋トレ。
まだベンチ100kgを上げることが出来ていたのでほっとした。
でもとんでんに行けば「バカ!!120kg!!」って言われるんだろうなあ。
でももし現役だったら「150kg!!!」ってなってたかもしれないので、甘んじて受け容れよう。
なんだかんだで、山内さんの瞳は暖かで、安心する。
ん?なんかとんでんの宣伝みたいになったけど、まあいいか。


おわり。

2018年11月15日木曜日

飲み会で感動した話

東北戦で思い出したことを一つ。
飲み会で、久々に柔道の話をした。
内容は例によってあまり覚えていないし、それで気分を良くして痛飲して結果皆様に迷惑を掛けることになってしまったが、感動した。

引退したての角田君の、色々入り混じった表情に感動した。
何とかやりきった、望んだ結果は得られなかった、やっと解放された、もしチャンスがあってももう2度と同じものは得られない、これからは自分のことを優先できる、けどそれは正しいのか、なんてことを語っているように思えた。
これから先、彼がどういう選択をしても、それを安易に否定することは許されないだろう。
それだけの凄みというか、深みというか、言葉に表すのも無粋なものがあって、僕はそういうのを見たい。



何でこんな話をするのかというと、僕は最近の部の飲み会では、無難そうな話題ばかりを選んで、極力自分から柔道部の話はしないようにしていた。
そうするとどうなったか、現役から柔道部の話が出ることが無くなっていた。
現役同士で盛り上がることはあるものの、大体柔道部に関係ない話で。
「まあ、ここでストレス発散して練習頑張ってくれるのなら良いか」とか「社会人になったし金だけ出しとくのが最善か、半分は法的に大人だしどうにかこうにかやるだろ」って考えていた。
たまに我慢できなくなった時もあるけどそれはまた別の話。

さてさて、ものごとにはバランスがある。
バカはバカなことしかできないから役に立たせ難い。
目的達成のために、バカなようにもスマートな感じにもやれるなら、それが良いのだろうと思う。
まあ僕はそんなこと以上に、「それでも自分はこうやりたい、こう在りたい」って思考の人が一番好きだけど。


今回の東北戦後の飲み会では、そんな気持ちを思い出させてくれた。
上記の角田君もそうだし、その他の東北大の現役達にも感謝している。
欲を言うならば、北大の現役の手で、僕に気付かせてほしかった。
まあそれはそれで、指導者としてはどうなんでしょうね、とも思うけど。
ただ、彼らの同志で在りたい僕としては、この気持ちはおそらく間違いじゃないはず。


うーむ、具体性のある試合のことについてあまり触れられていないが、そっちはまた興が乗ったときにでも書こうか。
東北大同期の廣川の審判ぶりを後世に伝えるのも一興かもしれない。
その時は面白半分にがっつりと脚色するかも、勿論廣川の方ではあるが。
そう考えると少しはやる気もでる。
良いところ4に対して、悪いところ13くらいの試合だから、思い出しすぎてもストレスだしなあ、巧いこと現役を高められなかった僕の責任もあるし、しょうがないけど。
指導って難しいですね。


おわり。

2018年11月12日月曜日

さて何から話そうか

東北戦の話である。
こういう時は結果から話した方がよろしかろうか、昨今の情報化社会ではこの形式が一般的なようだし。
ついでに、タイトルも「○○が□□なn個の理由」とかにしておけばみんな読んでくれるに違いない。
そうすればPV稼いでそのうちアフィリエイトなんかに手を出して不労所得で生きていけるようになるのではないだろうか。

以上、語るに辛くなって早々に脱線してしまったが、2行下からようやっと本題。


勝敗について、本戦は8人戦で3人残しで負け。
次いで新人戦、は「人数少ないしどうせならもう一戦しないか」ということで点取りの8人戦、こちらは0-1で負け。
戦績をちゃんと見たい方は北大柔道部ログの方にあるのでそちらをどうぞ。
こちらからどうぞ


試合後の飲み会会場に向かう途中で、1年目の千葉に問われた。
「僕らは成長できていますか。」
うん、成長はしている。
千葉を含め、頑張った人は頑張ったなりの動きは出来ていた。
「それは、他大と比べてどうですか。」
僕らは代替わり後10から初めて、今15くらいのチーム力になった。
対して他大の平均を考えると15スタートで、今は18~20あたりじゃないかな。


飲み会で、東北大の大OBの方が仰っていた。
脳内変換で半分以上改変されているが、おおよそこんな話だったはず。
「一見して七帝柔道に意味なんて無い、フランス遠征も同様だ。」
「意味を見出すのは我々自身だ、それが重要だ。」
「行動によって学びが誘発される、『意味がないから』と駄々をこねるよりも、大切なのは行動してみることだ。」
僕もほぼ同じ意見である、この世にある物事に意味なんて無い。
無いものを探そうとするからみんな躓いてしまう。
そういうのは全部我々のエゴでもって自作していくしかないし、創ったら責任とってどうにかこうにか処理していかねばならないと思っている。

ただ、フランス遠征に参加すべし、という点だけは異なる。
我が子に「4年に1度美味いステーキを食わせてやる、しかしその合間は米と味噌で生きながらえてくれ」って言うようなものだと、僕は思っている。
もっと堅実な投資先があるから、地味なことでも厭わずに目を向けていただきたい。
学生は今回ゲストハウスに宿泊していた。
ひとりあたり一畳くらいのスペースしかなくて、試合に向けて調子を整えるとかそういうレベルですらない。
小学生の時の宿泊訓練でも、もう少しスペースに余裕はあった気がする。
移動費を捻出するのに手一杯ということである。
週6で練習があるということは、必然的にバイトは夜~深夜がメインになるだろう。
2泊3日の遠征にかかる費用は、2~3万円ほどだろうか、彼らはそれを稼ぐのに何時間働けばいいのだろう。
周りを見れば、同じ北大生がその金で飲んだり遊んだり、人によっては自己投資で勉強していたりするのかもしれない。
その中で健康な精神を保てる人のみが柔道部生活を全うできる、ということなのだろうか。
僕はそんな人達のことは好きだけれど、世間じゃ「病人」ってあだ名をつけられる。


結構なボロ負け具合だけど、全てにおいて劣っているわけではなかった。
北大の方が技術レベルは上である、ただ、それを実戦レベルまで引き上げ切れてはいないのだけれど。
技術では埋めきれなかった、体格とか勢いとかで、やられてしまっていた。
技術は知っているだけでも、出来るというだけでも役には立たない。
意志を持って使えるようになって初めて、技術は呼吸を始める。
手段には目的が不可欠であるけれど、はてさて、僕らの目的って何なのだっけ。


おわり。

2018年11月9日金曜日

体が資本 20181108

反復のあと一つを思い出した、後ろ三角だった。
三角と言いつつ、僕はこれで相手を絞め落す確かな方法は分かっていない。
あと、なんだかんだ実戦では入るのが難しい。
だからと言って、使えない技、というわけではないと思うので、なんかこう、巧いやり方を見出してくれないかなあ、なんて思っている。
そういえば1つ下の竹平が使っていたような記憶もあるけど、試合で決めてきたことあったっけ、、、?
まあそれくらい難しい技ではあるけれど、それでも練習する現役がいて、結果も出せるようになったとしたら、それはとても格好良い。


練習後は東北戦に向けてのビデオ研究もしていた。
昨今の東北大の選手はデカい。
北大は年々小型化している印象なので、当日並んだ時を想定すると、結構な違いが見えそう。
体重無差別である以上、同じ技量であれば、体格の良い方が当然有利。
そこを何をもって埋めるか、という思考も大事だし、そもそも体づくりしてこう、というのも大事。
目に見えるもの全部取りたくても、色々と有限なものごとに縛られているから、きちんと選んでいってほしい。
よくよく考えたら、自分を縛るものなんてあんまりなかった、なんてことも往々にしてあるのだけれど。

元気があれば何でもできる、ってのは有名な言葉だけど、元気な状態を維持するのはとても難しい。
僕自身も、現役の時は常にどこかしら痛みがあって、筋肉痛なのか軽度の捻挫なのか、それとも別の症状なのか分別はついていなかった。

どんな状態であれ、やりたいことがあって、そのためにやらざるを得ない事が出てきて、なんだかんだやるしかない、という状況は常にあると思う。
体力もメンタルも上下するのは当然だから、それを自分なりにコントロールする術を身に着けるべきではなかろうか。
ここ数年、月イチくらいのペースで体調不良になる人が各代に1人は居る印象なのだが、同じ生物として心配になる。
岡本や高原に研究してもらおうか、でもあいつらマッド気味なところあるからなあ。
北大柔道部員がみんなショッカーの戦闘員みたいになるかもしれないし、やっぱ無しにしとこう。


おわり。

2018年11月7日水曜日

月曜日の練習 20181105

月曜は練習に行かなかったので、反復の技の詳細は確認できないままに現役の技を受ける羽目に。
速攻、十字五種、腕絡3番、オモプラッタ、あと1個は忘れた。
今週はちょっと難しめのラインナップである。
僕個人としては、未だに速攻とオモプラッタが上手くできない。
前者については、相手に持たれた引手を切って、そして跳ぶ、という動作がいい感じに連結出来る気がしない。
後者は、実戦レベルだと脚を相手の脇に掛けるのと、その後相手を崩して固定するのが何かしっくりこない。
抑え込みは、肩固めだった。
佐々木さんのやり方だと、そうやら首にかなりの圧力を掛けるらしい。
僕のやり方とは思想段階から結構違っていたので、勉強になった。
見本としてみんなの前で肩固めを披露させられた森まるに、かなりのダメ出しが入っていた。
その後見事な逃げ方を披露した岡本に対しても、「それはレベルが高すぎる!」とダメ出ししていたのにはちょっと笑ってしまった。

その所為かは知らんが、練習後の部室では、森まるはむすっとした顔でソファにもたれかかっていた。
とりあえず話しかけてみたが、有効な解は得られず。
まあ雄の猟犬のような男なので、もしかするとよくあるムラッ気の類かもしれない。
そういえば、幸せになりたいけど、何ら具体的なところは考えられてなくて、みたいなことを言っていた。
うーむ、僕自身にも諸々刺さりまくる内容で、返答に困るが、、、。
でも、「幸せは歩いてこない」ってとある教祖は仰っていた。
「ほら、幸せは、目の前に転がっているよ」とも。


練習後には、ギムナシオンの代表と、岡本と追加の乱取。
めっちゃ疲れた。
代表とやると細かい技術の差が身に沁みる。
岡本には、思いつきでやってみた技に対して完璧に対応されてそのままやられる、ということで辛かった。
練習してないことをやるもんじゃないなあ、と思った。
そして今回のあれは練習なので全然オッケー、セーフ、ということで自己弁護しておきたい。


おわり。

2018年11月4日日曜日

走るなら夜が良い

昨晩、夜道を走ってきた。
何だか急に、走らねばならぬ気がしたから。
こう書くと、メロスにでもなったかのような気がするが、実のところはただの不審者である。


まずは職場まで。
いつも通る道のりを、ゆっくり目の速度で。
走り始めに感じた少しの寒気も、5分としないうちに消えた。
朝からの快晴具合は夜も続いており、星が良く見えた。
見えたと言っても、その数は随分と少ない、札幌は夜も明るい。
卒業旅行で行ったオーストラリアの、その郊外で見た満天の空を思い出した。
比べると、星々が街の灯に追いやられたようで何だかやるせなく思った。
そう思ったらイヤホンから流れる曲が変わった。
確かTHE ORAL CIGARETTESだった。
その前まではamazarashiだったから、鬱気味なやつからアップ目なものへと曲調が変わり、併せてもやもやとした気分も無くなった。

線路沿いを走って30分ほど、職場に着いた。
このくらいの時間なら、通勤にはちょうどいいだろう。
チャリが使えなくなったら走ろう、そう思った。
朝から満員の電車に乗るのは本当に気分が悪い。
唯一、読書の時間がとれることだけがメリットだが、デメリットの方が大きい。
体格の大きめな僕は他人様に迷惑をかけてしまうだろうし、僕自身も窮屈なのは好みじゃないので、列車は好きではない。

さて帰ろうか、そう思ったが何かしっくりこない。
もうちょっと走ることにした。
せっかくだから繁華街に突入してみよう、札幌の真ん中の方に向かった。
アウトドア用に持っているG-SHOCKの針は、確か22時過ぎを指していた。
自家用車もタクシーも、多くは僕と対向して、流れに逆らっている感が楽しい。
体も温まって、若干のランナーズハイに、走るペースも上げた。
耳の中ではアジカンやホルモンがかき鳴らされていた。

大通公園、テレビ塔あたりに着いた。
流石に人通りもそこそこ。
10人くらいか、道民よりも耐寒性の高そうな外套を着た年輩の方々は、きっと旅行中。
若いカップルも2組いた。
片方は灰色のパーカーを着た男と、キレイ目な格好でヒールを履いた女。
もう片方のカップルは、ネイビー調でまとめた服装で、マフラーは全くのお揃いだった。
4人とも細身で、入部当初の2年目藤田や1年目の片桐、千葉よりまだ細い。
叩けば骨は折れそうだし、頑張れば首もねじ切れるんじゃなかろうか、とか思った。
一応言っておくが、ふと思っただけでそんなことをするつもりはひと欠片もない。
ついでに言うと嫉妬でもない、そんな感情よりも有意義なものはいっぱいある。
ああ、そう言えば、その後ろにもう一組カップルがいた。
多少の白髪にスーツを着た中年のナイスミドルと、ビジカジでスタイルの良い若い女で、ははーんこれは不倫だな、と思った。
この時流れていたのはMaroon5。
視界の隅では、ダウンで全身を覆ったホームレスらしき男が、ベンチに荷物を括り付けて眠っていた。


もういいだろう、そう思って身を翻した。
帰りは往路と違う道を行こうと思い、方角だけを極めて適当に走った。
前方の空にはオリオン座、僕が唯一正しく覚えている星座が、幼少の頃よりも頼りなさげに光っていた。
初めて通る道を、よく分からないままに走り過ぎた。
人見知りな性格には人通りの少なさが、火照った体には秋風が丁度良く思えた。
そのうち知っている道に出たので、そこからは大人しく寮に向かった。
23時過ぎ、かれこれ90分くらい移動していたらしく、膝より下には結構な疲労感。
どうせなら上半身もちょっとは使っておくか、というわけで、寮の近くの公園で懸垂を10回だけ。
10回目はギリギリで、そこが限界だったのは、最近デブエットしていた成果か。
クールダウン用の曲群にして、中島みゆきや鬼束ちひろを聞きながら部屋に帰った。


そんなわけで、特に生産性のない突発事象も終了。
帰ってから気付いたが、夜中理由もなく走り出したくなるとか、思春期かよ。
まあ、軽く運動していると何故だか記憶が整理されていく。
思い出せなかった前の日の飲み会中の会話も、いくつか思い出した。
たまにはこんなのもいいでしょう、え?だめ?


おわり。

2018年11月1日木曜日

秋新歓 20181030

東北戦までもう少し、その準備もあるけど、現在秋新歓も進んでいるらしい。
具体的には何をしているのかは知らないが、どうやらビラを貼ったり目星をつけて声を掛けたりしているみたい。
この日は、春の新歓期に来ていた経験者男子と、留学生の男子(多分未経験者?)の2人が見学、体験してた。

僕の体感では、七帝後に入部する人は、毎年1人いたり、まあいなかったりな気がする。
何にせよ、チームメイトが増えるのなら喜ばしいことである。



さてさて、柔道の方はといえば、みんなレベルアップはしている。
幹部の2人の相手は、そろそろきつくなってきた。
前は、「どうなろうがまあどうとでもなる」って具合で、ほぼすべて正面からねじ伏せることが出来た。
それが最近では、その場の戦術では分が悪いから、事前に戦略を練ることにしている。
中島は潜り込む動きが上手くなっていて、半端に抑えようとしても大抵逃げられてしまう。
三木も、一旦型に嵌められると抜け出すのが容易でなく、その場しのぎの動きしかできなくなってしまう。
先を取るのが重要で、それも自分に有利な、自分の得意な型に引きずり込まねばならない。

そういえば今週からは、腕を縛った抑え込みの練習。
縛るというのは大変便利なもので、これさえあれば足抜きや抑え込みの労力は激減する。
その分決めるのには苦労するが、縛りさえすればその後は従来の半分以下のレベルでことを成せるので、大変有効。
抑え込みでは、1年目の片桐がなんか分からんが上手かった。
圧を掛けたり、位置取りを調整したりの勘所が良い感じ。
白帯スタートで課題はまだまだ多いが、この時点で光るものが見えているのは、個人的にかなり羨ましい。


この日の帰り道は小雨だった、つまりとても寒い。
加えて日中の水溜りの影響か、チャリで巻き上げた泥が服とリュックに結構ついていて、帰宅後に気分が萎えた。
練習終わってからの出来事で本当に良かった。


おわり。