2019年1月22日火曜日

4% 20190121

久し振りの練習。
諸事情で2週間ほど練習できていなかったので、やはり基礎運動が辛かった。
辛いという以前に、体の動きが整わない感がすごい。
はいはい、継続は力なり、という奴だろう。
しかし、力がついていくよりも落ちる方が早いというのは、とんだ罠ではないだろうか、誰だ仕掛けた奴は。

基礎運動、打込、反復、テーマ別、乱取、ストレッチ、あと技研や筋トレ。
大きな変わり映えのない日々の練習でも、選手によっては大きな差が出てくる。
最近は中島が特に煩わしい(動きが)。
他の皆さんもまあまあ動けるようになっているので、あとは実戦レベルに達するかどうかと、切羽詰ったときでもちゃんと動けるかどうかが問題になってくるのではなかろうか。
僕はとりあえず、取りに行くの疲れるから分け専門とかでお相手したい。
まあ、ちゃんと育ってくると分け専門の方が辛くなってきたりもするのだが。
そもそも相手が先手を取る確率が上がっていくから、まあそれは仕様のないことなんだろうけど。
後手後手はまずい、つまりは「オトナの対応」ってやつの大半と一緒だな。

さて、僕が思うに、ヒトはやはり育つものである。
育てるものではなく、自ずから育つのが最も大きく伸びる、当たり前だけど。
伸びるのには、意味を見出すことが必要で、見出すのには、意志が必要である。
意志とはつまり目的で、これは他人から与えられるものではない。
仮に誰かと同じものだったとしても、その根源は自分でなければ、結局のところ意味はなくなってしまう。
練習メニューの1つ1つも、声出しも、筋トレも普段の生活習慣も。
1歩でも半歩でも先に進む要素があるのなら、方法論なんて最悪どんなことだっていい。
物理的な教育的指導も、当人たちがその行為は何らかの(良い)目的に繋がっている、と思えるのなら、きっと意味はある。
まあこれは現代社会では極論もいいところだろうが。


あれこれ言ってみたところで、言われたところで、目的が見つからないってことも多い。
というか見つからないのが常だろう、だから社会人は基本疲弊している。
僕は、そういう時はとりあえず行動してみることにしている。
動くことで見えてくるものもあるからで、何か他に譲れないことが無い状態なら、妥協して行動することは吝かではない。
そういう意味で今回、出席表で衝撃の事実を確認した。
書き出されていた25回の練習のうち、現役全員が揃ったのが僅か1回のみだった。
後は、何かしらの理由で誰かが休む、というのが常態化している。
4%だったら、割とレアなモノではないだろうか。
中学の頃にやってたモンハンだと、逆鱗がドロップする確立と同じくらいだろうか。
いやでも物欲センサーを考えると、体感的にはもっと稀だったような気もするが。

別に仲良くなくても全く問題ないと思うけど、全員が揃って、チームではあるべきだと思う。
まあそれが一番難しいんだけどさ、僕も全然辿りつけなかったところだし。
意志があって挑戦しても、結果ダメなことが殆どで、だけどやらざるを得ないのはもう、、、ね。


おわり。

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