2018年3月10日土曜日

消費傾向が性格を表すのなら

もし、その人の性格や価値観が、その消費行動によって規定されるとしたなら。
真実は逆で、内面に依り行動が決定されていくのだと思うが、外界からの判断としては行動しか見えない訳で、為人を判断するのにはやはり逆算するしかなくて。
分かりやすいのは時間と金だと思う。

消費社会、ある種、モノの飽和した社会に生きる身としては、金の使い道で「○○な人」というレッテルが張られることも多いだろう。
そして多くの場合、そこまで間違ってはいない。
少なくとも、消費行動によって「好み」は分かるだろう。
僕の消費ランキングでは、給与控除を除くと、1位食費、2位柔道部関係、3位服飾費、、、となっている。
食に金が流れるのはまあ当然のこととして、問題は2位3位だろう。
ちなみに、3位までのそれぞれで、年収の1割ずつくらいは使っている。
そこから察するに、僕は北大柔道部に関わりの深い、後輩への優しさに溢れた、身だしなみに気を使うオシャレさんと言えるだろう。
上記文章が僕の実態・内面を、どの程度の正確さで表現できているかはまた別の話としよう。僕を知るものから見れば、非難の嵐が吹き荒れることは想像に難くない。

もう一つの指標として、消費時間の観点もあるだろう。
イチ社会人として、仕事関係に時間を割いているのは間違いない。
ドラゴンボールの最終巻のベジータの如く、癪なのだが、「お前がナンバーワンだ」と認めざるを得ない。
次点は、まあこのブログからもうお分かりであろう、北大柔道部である。
要するに僕は、「仕事以外は柔道しかしてない」人と評される。まあ弁解の余地もない。
引退して、卒業してもこの世界から逃れられないでいる(し、心地よくすら思っているからもう末期だと思う)。
ただやはり、問題は密度である。
ここまでだらだらと書いてきたが、本記事で一番言いたいのはこれ。
濃密な時間を過ごせるかどうか、という観点。
今僕が部に関わる上で、抱えている不安の一つ。
「自分もそうだし、何より現役部員にどれだけのものを提供できているのだろうか」
「あの頃のままのものか、年を経て、熟成されたものか、それともただ腐った残骸を晒しているだけなのか」

七帝の試合会場では、若手から大先輩、それこそ退職後の世代の方々も多く見られるのは周知の事実である。
現役部員の顔と名前も知らないのに、本気になって観戦する先輩も一定数存在する。
長い人生のたった数年の出来事である。
一般社会には影響を与えず、人生経験としても、ありふれた話の一つでしかないのに。
普通からは少しずれているとは思う。ただ、一般受けはしないし、逆に僕がこの世界にいるのも所謂フツウの社会からの逃避行だと言えなくもない。
原因は、体感時間の濃密さだ。
月並な表現だけど、あの日あの時が、今も尾を引いて僕の思考を手繰り寄せる。

今、あの頃と比べると希薄になっているのは間違いない。
その希薄さも、大事なものが増えた、人生の成長の一つだと言う人もいるかもしれない。
ただ、人生は長い。
あの3年3ヶ月に見捨てられないように、希薄な分、人生を使って埋め合わせをしていきたい。今はそんな気持ちが僕の一定割合を占めている。

おわり。

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