2019年11月28日木曜日

現実見ろよ 20191126

18:30過ぎに道場着、道着に着替えて出たころには亀取の終わり際。
次の乱取に向けて体をほぐしつつ、現役を観察。

観るポイントはいくつかある。
まずは上下の選手の実力差、週1以上で通う身なので、これは一目で分かる。
と言うか、2,3日練習してみれば誰でも分かると思う、当然のこと。
次、それぞれが何をやりたいか。
これも観ていれば分かる。
取りはどう攻めたいのか、亀はどう受けるのか。
不足しがちなのは、亀が立ちに行ったり、正対に戻ったり、逆転したりするような展開。
最後、結果を受けた瞬間の表情。
分けた、取られた、取った、取れなかった、立てた、戻れた、逆転された、エトセトラ。
事前に思い描いていたり、不安がっていたりしたことは、どれだけ再現されたのか。
七帝柔道の特徴の一つは、お互いのことを知っていると、相対した時点でおおよその展開や結果が想像しやすいことにある。
その上で、その練習で自分の何をどう進ませたかったのか、それにどれだけ真摯に向き合っていたのかが、終わった瞬間の表情に顕れる。
そしてそれこそが個性で、人生を凝縮したもの。

次を探す目元に、疲れた疲れたとだけ発する背中に、揺らがぬ口元に、切り替えの呼吸で上下する肚に、立ち上がり踏み出す足元に、僕は現役の日々の練習を想像している。
その上で言葉を探し、織り、述べたり、言い回したり、叩きつけたり、贈ったりしている。
大袈裟な表現かもしれない。
けど、そんな感じの思考は、片隅以上の領域で蠢かしている。

このブログ?
だいたい言葉が出るままに任せ、指を走らせている。
意味は分からん。
読んだ人(書いた後の僕も含む)が意味付けすればいい。


練習は続く。
その後は乱取、研究の後に整列、一旦締め。
ミーティング後に筋トレだった。
ちなみにこの日の主将役は片桐、堂々とした態度は流石だった。
真摯な対人能力が高い。
突飛であったり、面白、ダメ人間路線に走りがちな中で、年上から見ると安定感があってひと心地つける。


ここ最近の疑問。
北大柔道部は、楽しい部活なのだろうか。
どう考えようと、前を向いて進めるのならそれで十分だし、何ならそれが全てだとも思う。
でもこれは僕の意見、みんながそうでなくとも構わない。
楽しまないと前に進めないだとか、楽しんだ方が効率が頗る良いのなら、そうするべき。
ただ最近思ったのは、楽しくてもいいんだろうけど、どうせなら生産者であってほしい。
楽しみについての消費者であるだけなら誰にでも出来る。
楽しみの先、何に繋げるのか、僕はそれが盡己であってほしい。

そういえば先週末、合気会に乗っ取られていた部旗はちゃんと戻っていたっけ?
どちらも北大グリーンに白抜きの文字だからよく覚えていない。
やはり僕は観察眼に欠ける、その分は他で挽回しないとなあ。


おわり。

2 件のコメント:

  1. 想像力が足りないと思うって先週思った。想定力というか

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    1. 流れを自分で作った方がいいよ、とはちょいちょい伝えているんですけどね。

      全体的にスタート地点を相手に譲る傾向にあるんですよね。格下なのにOB柔道やってるので、相手側がやりたい放題になってしまう。
      現役にとってみたら、選択肢が膨大過ぎるので、思考停止してしまってるんだと思っています。

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